インドネシア国民の祝日 – Hari Proklamasi Kemerdekaan Indonesia 2017

Hari Libur Nasional – Hari Proklamasi Kemerdekaan Indonesia (17 Agustus)
インドネシア国民の祝日 – 8月17日「インドネシア独立宣言日」

新しい国のスタートがこの日だった。
自分の地を発展させていく、自分たちの運命を決めていく。
そういう思いで、血を流してきた。

その日の重大さを尊重するためにも、
大統領宮殿では、旗を揚げる式が行われる。

「旗揚げ隊」として、全国各州から、高校1・2年生男女が選抜される。
とても貴重な経験で、待遇も抜群だそうだ。

あっぱれ!

イメージ:https://www.infobmr.com/wp-content/uploads/2015/08/Paskibra.jpg

インドネシア国民の祝日 – Hari Raya Idul Fitri 1438 H

Hari Libur Nasional – Hari Raya Idul Fitri 1438 H
インドネシア国民の祝日 – イドゥル・フィトゥリ (ヒジュラ暦1438年)

ラマダンが終わり、Syawal(シャワル)月が始まる。
断食月が終わることが、喜びではなく、
恋しい気持ちが先にくる。

なぜなら、ラマダン月は、アッラーがたくさん
恵みを与えてくれる月でもある。

飲食などを我慢して、断食明けに飲む
一杯の水もおいしいと感じられるのも
アッラーからの恵み。

他の月に断食もできるが、
ラマダンの断食ほど恵みが溢れてはいない。

今日は喜びの日。
そのため、断食は宗教的にも禁止。
一日楽しむのが義務だ。ヽ(^。^)ノ

みんなが、楽しめるように、
今日もzakat(ザカート、喜捨)が配られる。

去年のイドゥル・フィトゥリ:
https://kotobanesia.wordpress.com/2016/07/06/インドネシア国民の祝日-hari-raya-idul-fitri-1437-h/

イメージ:http://kasakusuk.com/v2/wp-content/uploads/inilah-makanan-khas-saat-lebaran-di-berbagai-negara-stok-lebaran-26638.jpg

インドネシアのことわざ(17)

インドネシアのことわざ(17)

「Kalah jadi abu, menang jadi arang | カラー・ジャディ・アブ、ムナン・ジャディ・アラン」

まずは、一つずつ単語を訳すと、
Kalah = 負ける
Jadi = 成る
Abu = 灰
Menang = 勝つ
Arang = 炭

そして、繋げてみると、
「負けて灰になり、勝って炭になる。」

その意味は、争い事は両方のためにならない。
メリットがない。

どっちも燃え尽きてしまった状態から
できたことわざじゃないかと思う。

確かにカロリーの無駄だな。(´ω`*)

イメージ:https://cvaristonkupang.files.wordpress.com/2015/01/bara4.jpg

接尾辞 (-nya)

Akhiran/接尾辞: (-nya)

接尾辞の(-nya)ニャは、第三者・物の代名詞や
言葉を強調するに使われる。

使用例
第三者の代名詞
問: “Ini buku siapa?” 「これ誰の本なの?」
答: “Ini bukunya. (sambil menunjuk)” 「(指しながら)彼・彼女の本。」

物の代名詞
“Andi memberi ibu sebuah hadiah. Ibu menerimanya dengan senang hati.”
「アンディは、お母さんにプレゼントをあげました。お母さんは喜んで受け取りました。」
Menerimanya = menerima hadiah

言葉を強調
“Oleh-olehnya?” 「お土産は?」
“Toiletnya di mana? 「トイレはどこ?」

ニャニャとよく言うけど、
ふざけて、猫語で話しているわけじゃない。(´ω`*)

Terima kasih atas kedatangannya.
ご来訪 ニャ ありがとう。(^.^)

イメージ:https://pixabay.com/p-2083492/?no_redirect

インドネシア国民の祝日 – Hari Lahir Pancasila

インドネシア国民の祝日 – パンチャシラの誕生の日
Hari Libur Nasional – Hari Libur Pancasila

もっと新しく政府が設けた祝日。
パンチャシラとは、インドネシアの国是のこと。
パンチャは、五つの意味で、
シラは、原則の意味合いを持つ。

つまり、国の五つの原則。

なぜこの祝日が設けられるというと、
政府はパンチャシラが忘れられてきていると、
判断したと思われる。

まあ、祝日は、休めるからありがたし。(´ω`*)

イメージ:Blogspot

インドネシア国民の祝日 – Kenaikan Yesus Kristus 2017

Hari Libur Nasional – Kenaikan Yesus Kritus 2017
インドネシア国民の祝日 – 「キリストの昇天」

今日はキリスト教の祭日。
そして、実はイスラム教もキリストの昇天を信じる。
しかし、キリスト教とは違う内容。

イスラム教では、イエスはまだ亡くなっていなく、
十字架に磔刑されたのは、
イエスにそっくりと姿をアッラーに変えられたユダ。

イエスはその際、アッラーに助けられ、昇天した。
これが、イスラム教徒が信じるイエスの昇天。

そして、この世の終わりが近づく時代に、
この世界に帰省され、自らムハンマド預言者の従者となり、
イスラム教の信仰告白をする。

イエスもイスラムではアッラーの預言者にすぎないため、
最後のアッラーのメッセージであるアル・クルアーンに従うのは、当然。

こういう違いがあるよん。(´ω`*)

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インドネシア国民の祝日 – Hari Raya Waisak 2017

Hari Libur Nasional – Hari Raya Waisak 2017
インドネシア国民の祝日 – ウェーサーカ祭

インドネシアは、約9割がイスラム教徒。
だが、地域によっては、キリスト教が大半だったり、
ヒンズー教が多数だったりする。

そして、仏教が多く住む地域は、
ジャカルタ・北スマトラ州・西カリマンタン州・バントゥン州と言われている。

で、今日は仏様の誕生の日だそうだ。
宗教が生活の一部としているインドネシアでは、
この祭日が国民の祝日として定まれた。

ボロブドゥール遺跡にこの祭りは集中的に行われる。
なので、祭りを見に行きたい方は、来年の祝日をメモった方がいいかも。(´ω`*)

昨年のウェーサーカ祭は、次へどうぞ。
https://kotobanesia.wordpress.com/2016/05/22/インドネシア国民の祝日-ウェーサーカ祭/

イメージ:Blogspot.com

インドネシア国民の祝日- Hari Buruh 2017

Hari Libur Nasional – Hari Buruh (1 Mei) 2017
インドネシア国民の祝日 – 5月1日「労働者の日」

この祝日は、言葉に表さなくても、
政治的な要因で設けられる匂いがプンプンする。(;^ω^)

“Buruh”は、給料を貰って、他の人の下で仕事をする者を意味するけれど、
実際は、一般的に、工場で製造して、働く人たちを指している。

事務仕事の人たちは、”Karyawan”や”Pegawai”で呼ばれている。

昨年の「Hari Buruh」は、こちらへどうぞ。
https://kotobanesia.wordpress.com/2016/05/01/インドネシア国民の祝日-労働者/

イメージ:http://selular.id/wp-content/uploads/2015/04/pabrik-polytron.jpg

インドネシア国民の祝日 – Isra’ Mi’raj Nabi Muhammad SAW 1438 H

Hari Libur Nasional – Isra’ Mi’raj Nabi Muhammad SAW 1438 H
インドネシア国民の祝日 – ムハンマド預言者のイスロ(夜の旅)とミロジュ(昇天)

ムハンマドは、イスラム教の最後の預言者である。
最後と言われると、その前に他の預言者がいるということ。
つまり、ムハンマド預言者がイスラムの教祖ではない。

預言者としての人生のひとつのエピソードが、
イスロ(夜の旅)とミロジュ(昇天)。

KBBIでは、”Isra Mikraj”と正式に書いてありますが、
アラビア文字のインドネシア翻字では、”Isra’ Mi’raj”と書かれている。

イスロというのは、ムハンマド預言者がメッカのマスジド・ハラームから
パレスチナのマスジド・アル=アクサーへの夜の旅を意味する。

ミロジュは、マスジド・アル=アクサーから天に昇ること。
アッラーから一日五回の礼拝の命令が与えられ、
ムスリムの日常業務になった。

昨年のブログはこちらのリンクへ。(´ω`*)
https://kotobanesia.wordpress.com/2016/05/06/インドネシア国民の祝日-ムハンマド預言者/

インドネシアの祝日は #hari_libur_kotobanesia で調べよう!( ^ω^ )

イメージ:http://www.islamicity.org/wp-content/plugins/blueprint-timthumb/timthumb.php?src=/global/images/photo/IC-Articles/Dome-of-the-Rock-1024xIC__600x398.JPG&w=1200&h=675&q=50

インドネシアのことわざ(16)

インドネシアのことわざ(16)

「Jauh di mata, dekat di hati | ジャウー・ディ・マタ、デカッ・ディ・ハティ」

今回も最初は一つずつ訳してみよう。
Jauh = 遠い
Di = ~に~ (位置を表す前置詞)
Mata = 目
Dekat = 近い
Hati = レバー・ハート

「目には遠い、心には近い」
愛する家族や故郷・恋人やペットなどなどに対する思いで
このことわざは使われている。

愛する人が近くにいなくても、心にいるので、近く感じられる。
現代は、遠くてもビデオコールなどができるので、
画面には近いと言えばいいかも。(笑)

あなたも誰かの心の近くにいるかもしれない。(´ω`*)

イメージ:https://kotobanesia.files.wordpress.com/2017/04/faddd-000.jpg