インドネシア語の歴史

Naskah Sumpah Pemuda

インドネシア国内には719の言葉が存在するといわれている。そして、パプア島に一番多く言葉が存在している。民族の数が最も多く、民族の数だけに言葉が存在しているからである。だが人口的には、ジャワ島に住むジャワ民族が話すジャワ語が一番多い。では、インドネシア語はどう誕生したか・・・

インドネシア共和国が成立する前にインドネシア語の歴史は遡る。一つの言語として、「インドネシア」の名は「Sumpah Pemuda」つまり「青年の誓い」から始まった。10月27日と28日に開かれた第2回インドネシア青年会議は次の決議をした。

Pertama: Kami poetera dan poeteri Indonesia, mengakoe bertoempah darah jang satoe, tanah air Indonesia.
Kedoea: Kami poetera dan poeteri Indonesia, mengakoe berbangsa jang satoe, bangsa Indonesia.
Ketiga: Kami poetera dan poeteri Indonesia, mendjoendjoeng bahasa persatoean, bahasa Indonesia.

日本語訳:
一、我々インドネシア青年男女は、インドネシアという一つの祖国をもつことを確認する。
二、我々インドネシア青年男女は、インドネシア民族という一つの民族であることを確認する。
三、我々インドネシア青年男女は、インドネシア語という統一言語を使用する。

もともと交易時代からマラッカ海峡の東西およびその周辺海域で話されていた海上交易のための共通語だった海峡マレー語が、インドネシア語として新たな時代に向かった。

• 「インドネシア」の由来はここ!で知ってみよう! ( ^ω^ )

イメージ
参考1
参考2
参考3

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